竜の雲番外:主従交換編


〔竜の雲:主従交換編〕

他愛もない話の流れで何故かこうなった一日。

彰吾は廊下に膝を付き、障子の向こう側にいる主に向けて控えめに声をかけた。

「…政宗様。お目覚めで御座いますか」

「………」

しかし、返る声はない。
室内では声を掛けられる前に常とは違う気配を感じて政宗は目を覚ましていたが答えず、布団の上で上体を起こし、口許を緩めて、彰吾を試すように次の行動を待っていた。

やがて意を決したのかやや堅い声音で、失礼しますと断りの言葉が告げられ、静かに障子が開けられる。
障子を開け、伏せていて顔を上げた彰吾はぶつかった視線に眉を寄せた。

「政宗様…起きていらっしゃったのならそうと言って下さい」

「ふっ、悪ぃな。お前がどうするか気になってな」

「はぁ…」

政宗の許しを得て室内に入った彰吾はその流れで政宗の着替えを手伝い、誘いを断りきれずに朝餉を共にとる運びとなった。

「遊士の方には小十郎が付いてんだろ?」

「はい。…ご迷惑をお掛けしてなければいいんですけど」

向かい合うようにして配置された膳の前に正座し、彰吾は何とも不安そうな表情を浮かべる。
それに政宗は暫し思案し、からりと笑った。

「ま、大丈夫だろう。相手は小十郎だ。遊士もそう手はかからねぇしな」

「だと良いんですが…」

本人に自覚があるかどうかは置いといて、政宗と同様に遊士は珍しいものや事が起こると面白がる節がある。
穏やかに過ぎて行く時とは裏腹に彰吾の胸中は複雑であった。






時を同じくして遊士の部屋の前にいた小十郎はさてどうしたものかと考える。
政宗とは違い、室内に居るのは遊士で女人だ。

小十郎は再度室内へと伺いを立てて返事が返らないのを確認すると、断ってから障子を横に滑らせた。

「遊士様、失礼します」

障子を開け、面を上げた小十郎はどこかわくわくとした顔でこちらを見る遊士に気付き、微苦笑を浮かべて挨拶の言葉を口にする。

「おはようございます、遊士様」

「ん、おはよう。今日は小十郎さんが起こしにくるって言うから、何だか楽しみで先に起きちまった」

わざと返事をしなかったのは小十郎がどうするか、面白がってのことだと遊士は布団から出て言う。

「それで何か面白いものでも見つけましたか?」

「ん〜、やっぱり彰吾とは違うなぁって。小十郎さんの方が深みがあって落ち着いてるっていうのかな?言葉じゃちょっと伝え難いか」

ふむと腕組みして首を捻る遊士に小十郎は着物を用意して、手渡す。

「きっと感覚的な違いなんですね。…本日はこちらの着流しで宜しいですか?」

「Thanks.」

腕組みを解いた遊士は着流しを受け取ると着ていた寝巻きの帯に手をかけた。

「っ、遊士様。私は外に居りますので終わりましたら声をかけて下さい」

流石にこれには驚いたのか小十郎は微かに目を見開き、背を向け、遊士に一言告げてから退出していった。

「ah〜、しまった。彰吾に注意されてたの忘れてた」

緩めた帯をそのままに遊士は罰の悪い顔をしてがしがしと後頭部を掻く。
とにかく小十郎を待たせるのも悪いと遊士はさっさと着替え始めた。


[ 14 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -